雇用連結成30周年記念講演会
2009年10月4日(日) 中野サンプラザ)

「視覚障害者の就労とロービジョンケア」


高橋広(北九州市立総合療育センター眼科部長、日本ロービジョン学会理事)


 ロービジョンケアは、保有視覚を最大限に活用しQOL(生活の質)の向上を図るものと定義できます。できなくなった些細な日常生活動作をできるようになることで、生きていける、仕事ができるとの自信の回復が図られ、その積み重ねが障害の受容となっていきます。したがって、眼科医療において、適切な時期に的確なロービジョンケアを開始し、仕事をあきらめない、仕事につけるとのメッセージを早期に出すことが大切です。そして、従来は日常生活訓練を終えたのち、職業リハビリテーションへという段階論的リハビリテーションを行ってきましたが、これでは雇用・就労継続は困難でした。そこで、最近は、医療が支援団体やハローワーク・障害者職業センターなど労働関係機関に的確につなぐことにより、パソコン技能や安全な移動技術を獲得でき、雇用・就労継続が可能となった事例がでてきています。本講演では、事例を紹介しながら就労においてロービジョンケアが果たす役割をお話します。その資料として、厚生労働省の「平成20年度障害者保健福祉推進事業(障害者自立支援調査研究プロジェクト)」でNPO法人タートルがだした「視覚障害者の就労基盤となる事務処理技術及び医療・福祉・就労機関の連携による相談支援の在り方に関する研究報告書」に私が書いた『医療の立場からの提言』を抜粋しましたので、ご参照ください。
☆ 点訳用原稿のため図表は省略されています。

(略歴) 
 1975年 慶應義塾大学医学部卒業 医学博士
 1989年 産業医科大学医学部眼科学講座講師
 1993年 同大学助教授
 2000年 柳川リハビリテーション病院眼科部長
 2001年 第2回日本ロービジョン学会学術総会会長
 2008年 北九州市立総合療育センター眼科部長(現在に至る)
 現在:福岡教育大学特別支援教育講座非常勤講師  
 慶應義塾大学医学部非常勤講師
 北九州市心身障害児就学指導委員 
 福岡県障害児就学指導委員会委員
 日本ロービジョン学会理事  
 日本眼科医会学術委員会委員
 日本眼科医会身体障害認定基準に関する委員会委員
 日本産業・労働・交通眼科学会理事     
 九州ロービジョンフォーラム会長 
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抜粋『医療の立場からの提言』


「ロービジョンケアと就労」


はじめに
 日本ロービジョン学会では、盲を含む視覚障害者に対する心理的援助、訓練や支援などを行う医療・教育・福祉ならび労働などの包括的なケアをロービジョンケアと考えており、本稿で述べられるロービジョンケアの対象者には視覚を用いて日常生活ができない方々をも含んでいる。
 さて、このロービジョンケアという言葉は、著者が視覚障害者の支援を始めた1994年ごろは、眼科医療者や視覚障害者である患者には聞きなれないものであった。しかし、15年経った今でも、ロービジョンケアを知らない方々がいるのも事実であり、我々はさらなる啓発に努めなければならない。一方、今回の調査対象になった藤田例のごとく、我々、眼科医療がロービジョンケアした視覚障害者の中には、就労や雇用継続できた方々も数多く、その経験から職場復帰の条件として5つを挙げることができる。
 (1)本人の職場復帰への強い意思と努力
 (2)職場の不安の解消
 (3)視覚障害者の文字処理能力
 (4)移動技術
 (5)職場環境の改善(コミュニケーション技術を含む)
 これらの条件を満たすためにも、早期に適切なロービジョンケアを行い、障害受容を図り、職業リハビリテーションに積極的につないでいく必要があるので、医療の立場から幾つかの提言を行いたい。


提言T ロービジョンケアを眼科医療に拡める


1)ロービジョンケアとは
 眼科医療に患者が求めるのは、「見る」ことが「できる目」にすることである。しかし、現在の進歩した眼科学であっても今なお治すことのできない眼疾患は数多い。そのため、再生医学のさらなる発展やロービジョンケアの普及が必要である。このロービジョンケアは視覚障害者に対するリハビリテーションで、彼らが保有する視機能を最大限に活用してQOLの向上をめざすケアをロービジョンケアとも定義できる。
 国際保健機関(WHO)は、1980年に視覚障害を眼疾患、視機能障害、視覚的能力障害、視覚的社会的不利の4つに分けている。眼疾患から機能障害までを医療が担い、それ以後の能力障害や社会的不利に対する訓練やケアは教育や福祉が担当していた(図1)。しかし、医療と教育・福祉の間の垣根は非常に高く、お互いに情報はほとんど交換していなかった。この垣根を低くし、互いに風通しのよい状態にし、皆で一緒に視覚障害者について頑張るのがロービジョンケアである。現在あるロービジョンクリニックの多くでは、機能障害と能力障害に対し支援する狭義のロービジョンケアを行っている。しかし、患者や視覚障害者の多くは、眼疾患の治療から社会的不利までの広義のロービジョンケアを求めている。つまり「生活を支援するロービジョンケア」を求めている。したがって、その窓口である眼科医の役割は非常に大きく、重要である。そして、視能訓練士や看護師などのコメディカルとともに生活支援の立場からロービジョンケアを展開させていくことが大切である。しかし、医療と教育・福祉の間の垣根は非常に高く、お互いに情報はほとんど交換していなかった。この垣根を低くし、互いに風通しのよい状態にし、皆で一緒に視覚障害者について頑張るのがロービジョンケアである。現在あるロービジョンクリニックの多くでは、機能障害と能力障害に対し支援する狭義のロービジョンケアを行っている。しかし、患者や視覚障害者の多くは、眼疾患の治療から社会的不利までの広義のロービジョンケアを求めている。つまり「生活を支援するロービジョンケア」を求めている。したがって、その窓口である眼科医の役割は非常に大きく、重要である。そして、視能訓練士や看護師などのコメディカルとともに生活支援の立場からロービジョンケアを展開させていくことが大切である。
 図1 視覚の国際障害分類(ICIDH 1980)とロービジョンケア
 そして2001年にWHOは障害者の視点から、国際障害者分類を国際生活機能分類(国際障害分類改訂版 ICF2001)に改訂した。すなわち、疾患を障害者の「健康状態」とし、機能障害を障害者の「心身機能・身体構造」、能力障害を障害者の「活動」とし、さらに活動を「できる活動(能力)」と「している活動(実行状況)」に分けている。そして、社会的不利を障害者が「参加」できるかなどとし、障害者からみたものに改めた。
 QOLのライフには「生命」、「生活」、「人生」の3つの意味があり、心身機能・身体構造は「生命レベル」、活動は「生活レベル」、参加は「人生レベル」に各々対応している。

2)ロービジョンケアの対象者
 視覚障害は盲とロービジョン(低視覚、従来は弱視と言う)に分かれ、我国では盲は一般に全くの見えない状態(眼科的失明)を意味し、厚生労働省の失明の定義でも指数弁以下とした。一方、WHO(良いほうの眼の矯正視力が0。05未満もしくはこれに相当する視野障害10度以内が盲)や米国(矯正視力0。1以下が盲)では、盲は「社会的失明」を指し、我国の身体障害者福祉法の1級および2級に相当する。このように欧米では盲を含むロービジョン者を対象として施策が講じられてきたが、我国では眼科的失明を主に視覚障害者対策が考えられてきた。この違いが現在直面している視覚障害者への生活支援や雇用・就労問題でも大きく影響している。我国の視覚障害児・者の9割が何らかの視機能を有する者(ロービジョン者)で、かつ中途障害者が多ければ、彼らが保有する視機能を最大限に活用してQOLの向上をめざすことに力を注ぐべきである。

3)従来の眼科リハビリテーションと最近のロービジョンケア
 従来の我国における視覚リハビリテーションで眼科が果たす役割は、病名や失明の宣告・告知と盲学校や更生施設に直列的につなげることのみであった(図3)。しかし、このシステムでは、患者である視覚障害者は医療から単に見放されたとしか受取れない患者も多く、悩み、苦しみ、果てはうつ状態となり、心療内科や精神科の治療を受けているものもいる。したがって、日常生活訓練を求め、盲学校や福祉の戸を叩くものは少なかった。これではいけないと最近の眼科医療では、眼を診て失明が予想できたり、視覚的困難の訴えがあったなら、たとえ治療中であってもロービジョンケア(訓練)を開始している。そこでは患者や視覚障害者の苦しみや悩みを感じる心が最も重要で、したがって我々、医療人がまず自らの感性を磨くことに努めなければならない。患者や視覚障害者の方々の声を真摯に受け止め、また擬似体験などが感性を磨くことに大いに役立つ。診断・治療を受けた後にどのように生活すればよいか、どのように勉強すればよいのか、どのように仕事をすればよいかを患者や視覚障害者は求めている。これに答えるのがロービジョンケアである。そのためには他科の医師やリハスタッフなど医療内の連携は当然のことで、医療と福祉などを並列に考える患者指導の医療を展開すべきである。
 従来の眼科リハビリテーションより眼科医療から始まるロービジョンケアの方が、早期に実践的ロービジョンケアにつながり、より適切な生活支援を行える。しかし、ロービジョンケアを行う眼科が増えていない。それは、診療報酬にロービジョンケアが入っていないのも大きな理由の一つであるが、当事者のロービジョンケアを求める声が大きくなっておらず、眼科医に届いていないのも事実である。
 一方、日本眼科学会は日本学術会議の感覚器分科会で「感覚器医学ロードマップ(改定第二版)感覚器障害の克服と支援を目指す10年間」を定め、ロービジョンケアの重要性が述べられており、一般の眼科医はロービジョンケアへの導入を行い、さらなるロービジョンケアを専門とする病院や施設に送ることができるようなシステム作りを目指すとしている。このように全ての眼科医がロービジョンケア、とくに就労問題を扱えるものではないが、少なくともロービジョンケアの導入は眼科医療にとって可及的な課題であると考えられている。


提言U 就労問題をもつ視覚障害者へのロービジョンケアの充実を図る


1)就労のためのロービジョンケアとは
 視覚障害者の就労問題は、多くの場合、雇用の継続が危機に瀕しなければ具体化しない。つまり、仕事が非常にむずかしくなってしまってから顕著化してしまう。したがって、雇用主側から雇用継続の可否に関して提起がなされてしまうこともある。そうした場合、当事者である視覚障害者は心の準備ができておらず、無論具体的な仕事での問題点に対する解決方法などは知らないので、戸惑いも大きく、悩みも深い。とくに、突然の事故や病気のため失明状態に陥った患者は、あまりにも心は打ち引き裂かれており、到底すぐには福祉には行けない状況であれば、彼らの悩みや苦しみをまず聴くことから始めるべきである。この「心のケア」のロービジョンケアが重要である。うつ状態になるのは当たり前のことであり、それが身体症状にでる前、手を差し伸ばすことが肝要である。しかし、不幸にもうつ状態が悪化して、心療内科や精神科に受診している場合もあり、このような医療スタッフとも連携することが重要である。
 就労のためのロービジョンケアを行うことのできる眼科は限られており、多くの眼科では就労相談をするのはむずかしいので、相談可能なところに紹介すべきである。また、その眼科でもどうしても医学的アドバイスに偏ってしまうのは当然で、視覚障害者の実生活での支援、福祉的なアドバイスや情報の提供は十分にできない。このため多くの職種のものとの連携が重要で、一つひとつ具体的な支障、つまり「できない」日常生活動作を一つひとつ「できる」ようにしながら、「心のケア」をすることが大切である(図4)。また、「心のケア」をしながら「できる」ことを増やすこともできる。この「できた」との実感が大切である。そして、実生活で「している」ことを評価して、まだ不十分なら再度訓練するよう連携をとることが大切である。こうして視覚障害者の方々が生活や就労の将来像をぼんやりとでもイメージできれば、自信が回復して行き、失明や障害の受容につながっていく。また、他の視覚障害者から直に話を聞くことが多いに役立つ。こうした連携なくして、障害の受容やQOLの向上は難しいと思う。無論、家族への「心のケア」や連携も忘れてはならない。しかし、連携はともすると情報を交換するだけの情報連携に陥りやすく、QOLの向上という共通のゴールさえ見失うことがある。障害者にとって、むろん大きな失敗はこたえるが、実は日常の些細なことができなくなるのは、もっと大きなショックとなり、自信の喪失となって行く。したがって、具体的に生活の一つひとつを支援する「行動連携」に発展させていく必要がある。そのためには、多くの職種間で、視覚障害者のQOLの向上という共通のゴールに向かって進む有機的なチームアプローチをとるべきである。
 (図4 視覚障害者の活動向上訓練の原則)
 図2のごとく、国際生活機能分類(ICF)の活動を「できる活動(訓練・評価の能力)」と「している活動(実生活での実行状況)に分けている。訓練士や特別支援学校(盲学校)はロービジョンケアとして患者や視覚障害者の「できる活動」を増やし、「している活動」につないでいく必要がある。一方、看護師・介護士、通常の学校教員、福祉職や家族は病院・学校生活の中で会話や行動から「している活動」を観察・評価し、「できる活動」を増すよう連携すべきである。そして、係る全ての者が目標に向かって「する活動」に展開していくよう努力する。

2)就労のためのロービジョン訓練と労働関連機関への連絡
 視覚障害者が仕事をするためには、自在に文字を処理できることと安全な移動は必須であるので、我々はその基本的な技術である「目の使い方」をまず教えている。彼らはもう自分では文字などを見ることがむずかしいと思っていることが多い。そのため、改造眼底カメラを用い、見えることを自覚するところから始めている。見える網膜(視野)を自分の意思で自在に動かすことで、読み書きが可能になることを話し、そのためには固視やeye movement訓練が必要である。この訓練を遂行するための意欲を掻き立てる動機づけと職場復帰が可能であろうとの予感が患者になくしては訓練は成り立たたない。この復帰可能であるとの予感・実感が確信となって、患者の復職への確固たる意思となり、障害受容への大きな推進力となっていく。そして、ほぼ同じ時期に、仕事をするためにも日常生活訓練、とくに文字処理と移動技術が必要であることを伝え、更生施設などに紹介している。このように眼科医の責務は大きく、日常生活訓練への導入を図るロービジョンケアは医療から成すべきだとの理解は近年飛躍的に進んだが、職業リハビリテーションは日常生活訓練が終了してからという段階的リハビリテーションの考えが根強い。しかし、日常生活訓練が完了してからでは、多くの場合、視覚障害者は失職してしまう。それゆえ、我々は医療から労働への橋渡しを早期に積極的に行うべきである。このような現実を踏まえ、眼科医療において早期に既述のロービジョンケアを開始し訓練を行っている最中、すなわち患者である視覚障害者が辞めないうちに、早期にメディカルソーシャルワーカーを通して、労働関係機関である障害者職業センターや公共職業安定所(ハローワーク)などにパソコン訓練など職業能力的な相談をしている。とりわけ原職復帰など継続雇用については障害者職業センターを活用すべきである。レーベル病者や既述の全盲者が復帰した例などでは、障害者職業センターと連携し、職業リハビリテーションに積極的につないでいった。また、障害者職業センターから紹介され雇用主側は視覚障害者が働いている現場を見学したことで、視覚障害者であっても仕事ができるとの実感を得、それが会社の原職復帰の大きな転機となった。このように、眼科医療が早期に労働関係機関との連携を開始する必要があり、医療機関、訓練施設などとの連携の下に、職場の不安感や負担感を取り除き、多くの関係者の努力があってはじめて復帰は実現していくのである。そして、職場の上司へ毎月の現況を報告し、職場復帰の意思を伝えるなど連絡を密にしておくことは社会人としての義務であると思う。そうすることで、当事者のみならず、職場上司も職場復帰した時に生じる問題を事前に予想もでき、視覚障害の擬似体験ができればなお対策も立てやすい。このように会社が前向きに検討を開始すると、彼自身が障害をさらに理解でき、その受容は加速度的に進むと確信し、働く視覚障害者の方々にこれらを忠告する。そして、職場での支援者である産業医とも連携をとっていくべきだ。


提言V 患者団体・支援団体や機関との緊密な連携を図る

 眼科医療側の対応のみで視覚障害者の雇用の継続は困難であり、就労を支援する団体または機関との連携をすることが必要であると考えている。日本網膜色素変性症協会、盲ろう友の会や全国視覚障害教師の会やNPO法人タートルなど患者団体・支援者団体や機関との連携をとることで就労や雇用の継続ができた例は多い。とくに、障害受容に至っていない視覚障害者の悩みは大きく、眼科におけるロービジョン訓練やケアに加え、我々はNPOタートルに連絡をとり、相談し助言をもらっている。そして場合によっては患者の目の前で電話し、直接患者とタートルをつないでいる。このような連携効果を図5、6、7、8に示した。

図5 就労支援への連携
 柳川リハビリテーション病院でのロービジョンケアは初診患者3676例中723例(20%)に行った。18歳から64歳は377例(57%)を占め、そのうち、就労や雇用で問題が生じていた141例(37%)を対象とした。

図6 就労支援への連携先

図7 連携の有無と就労状況
 連携した89例では在職者は約6割と変わらなかったが、連携のない52例では在職者は71%が62%に低下した。

図8 NPO法人タートルおよび他との連携
 連携した89例中障害受容に至っていない42例ではNPO法人タートルと連携し、47例は具体的支援が明らかであったので、他との団体・機関のみと連携した。NPO法人タートルとの連携者は6割強が在職であったが、他との連携郡は無職(訓練中も含む)となった者が増加した。


提言W 制度を活用できるように眼科医が診断書や意見書の記載を積極的に行う

 眼科医が果たさなければならないもう一つの役割は、生活や就労・雇用を支援するための制度を患者に紹介し、それを活用するための診断書や意見書を書くことである。
 視覚障害が進めば進むほど、仕事が困難になり、より高度な職業リハビリテーションが必要となっていく。そのためには、眼科医療と福祉や支援団体・機関と連携し、職業リハビリテーションのための十分な時間を確保する必要がある。このため眼科医に職業リハビリテーションのための休職等の診断書を書くことが求められる。しかし、病状が固定したり、治癒できない網膜色素変性症や遺伝性視神経症などの眼疾患では、病気療養とはならず、網膜色素変性症患者で病気療養とする診断書を書くことは拒否された例があった。一方、リハビリテーション医学では「働くことができる身体に戻す」ことが「療養」であると考えられ、著者などの眼科医は「病気療養(視覚リハビリテーションを含む)が必要」との診断書を書いた。そして、視覚障害者自身の熱い思いや行動が功を奏し、2007年1月29日に人事院から治療できない網膜色素変性症などでも「療養」または「研修」(それらの併用可)によるリハビリテーションを可能とする「障害を有する職員が受けるリハビリテーションについて」という通知が出された。このように国家公務員および地方公務員には職場復帰にはどうしても必要な安全に通勤するための歩行能力の確保や職務遂行に必要な文字処理能力の向上などのリハビリテーションが認められた。なお、本通知の対象者は公務員に限定されているが、本通知の趣旨が民間企業等の就業規則に波及することが期待されている。
 しかし、診断書の記載表現によっては、復職を困難にすることもあるので注意が必要である。補助具の活用など一定の視覚的配慮があれば、復職も可能であることを明記する必要がある。「見えないこと」=「仕事ができないこと」ではないことを認識し、目的にかなった表現にすることが肝要である。
 そして、復職直前にも再度診断書が必要となる。たとえば、錐体ジストロフィの教師患者には、職場復帰可能との診断書と以下の意見書を渡した。『目の訓練をしたことで、文字が消失することがなくなり、行替えも楽に行うことができるようになり、読み速度が以下のごとく格段に向上した。初回訓練時には、1分間に教科書223文字、新聞160文字を読んだが、1年後は1分間に教科書350文字、新聞273文字を読むことができた。また、サングラスや拡大読書器を使うことで、テストの採点が可能となった。さらに音声パソコンを使うことで、書くことも楽になったと思われる。以上のように、本人が仕事をあきらめていた理由が視覚リハビリテーションによって解決できたと思われる。』と結んだ。


提言X 就労に必要なスキルアップと就労定着のためのジョブコーチの拡充

 職場によって必要なパソコン技能は格差があり、それに対応していかなければならない。しかも、グループウェアや企業独自のシステムへの対応にはJAWSなどを用いる必要があり、それを教えることができる訓練施設は、国立職業リハビリテーションセンター、日本盲人職能開発センター、日本ライトハウス職業訓練部や視覚障害者就労生涯学習支援センターなど全国でも数か所に留まっており、これらの増加が強く望まれている。また、復帰してから生じている現場での諸問題、とくにパソコン環境に関しては、その場での解決が必要であるとともに、キャリアアップを図るための向上訓練が必要である。地元でのサポート体制の整備、とくに視覚障害者へのジョブコーチの充実とともに在職者の職業訓練体制の整備が今日的な課題として浮上してきており、ロービジョンケアの世界でも地方の力が試されている時代となってきた。


おわりに

 2007年4月17日厚生労働省から各労働局に対し、「視覚障害者に対する的確な雇用支援の実施について」との通知が出された。求職視覚障害者の就職支援と在職視覚障害者の継続雇用支援を積極的にハローワークが行うとするもので、この内容を日本眼科学会や日本眼科医会に伝え、協力を依頼している。
 このように、官も変わりつつある今、我々眼科医療スタッフは早期に適切なロービジョンケアを始め、障害受容を図り、視覚障害者の就労や継続雇用は医療の対応のみでは困難な場合が多く、就労支援団体・機関と積極的に連携をとり、視覚障害をもつ方々の就労や雇用継続に努めなければならない。そのために必要な5つの提言を行ったが、このような包括的なロービジョンケアが広く行われることを切に望む。

 校を終えるに際し、ロービジョンケアを行っている眼科は、日本眼科医会ホームページ(http://www.gankaikai.or.jp)、日本ロービジョン学会ホームページ(http://www.jslrr.org)や視覚障害リソース・ネットワークのホームページ(http://cis.twcu.ac.jp/~k-oda/VIRN)などから検索できることを紹介する。


参考文献
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3.高橋 広:私のロービジョンケア1「医の心」から展開したロービジョンケア.臨眼57:666-670,2003.
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5.篠島永一:中途視覚障害者の職場復帰を考える.日本ロービジョン学会誌3: 15-18,2003.
6.高橋 広:私のロービジョンケア7 職場復帰を果たした視覚障害者.臨眼57:1668-1673, 2003.
7.高橋 広,山田信也:柳川リハビリテーション病院におけるロービジョンケア第10報 ロービジョンケアにおける眼科主治医の役割ーレーベル遺伝性神経症の場合.臨眼59:1281-1286,2005.
8.高橋 広:ロービジョン者の「できる活動」「している活動」とは,そして「する活動」へ展開するためには.眼科ケア7:222-229,2005.
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11.高橋 広,久保恵子,室岡明美,山田信也,工藤正一:柳川リハビリテーション病院におけるロービジョンケア 第11報 労働災害に両眼を失明した患者へのロービジョンケア.眼紀57:531-534,2006.
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14.日本学術会議 臨床医学委員会 感覚器分科会編集:報告 感覚器医学ロードマップ 改訂第二版 感覚器障害の克服と支援を目指す10年間.2008.
15.高橋 広,工藤正一:柳川リハビリテーション病院におけるロービジョンケア第12報 眼科医療から就労支援団体・機関への連携.臨眼62:903-909,2008.
16.九州ロービジョンフォーラム:2007九州ロービジョンフォーラムin福岡・北九州「働く」報告.九州ロービジョンフォーラムEleventh Report 2007,1-44福岡,2008.
17.工藤正一,高橋 広,津田 諭:労働災害にて両眼眼球破裂した男性の職場復帰に向けた職業訓練と職場定着支援.第16回職業リハビリテーション研究発表会論文集,244-248,2008.
18.高橋 広,工藤正一:視覚障害者の就労の現状と課題 −雇用を継続するためには−.日本ロービジョン学会誌(投稿中).


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